桃唄309(さんまるきゅう)


 
(「人情食堂さくら」/「機関車野郎、西へ!」より)

概要
劇団桃唄309は、立教大学演劇研究会を母体として、当時学生だった長谷基弘を中心に1987年に結成。中心メンバーの卒業後、1991年の公演「光あるところ」をきっかけに本格的な活動を開始する。以降、年2〜3回の本公演と、実験色の強いプロデュース公演を中心とした活動を行なっている。

作品にはシリアスなテーマのものが多く、緻密なストーリーと叙事詩的な舞台構成に定評がある。また、音楽、美術などの様々な分野のアーティストの独自性を保ちつつ、高度なドラマ性を持つ「演劇」を成立させる手法が高い評価を受けている。

最近の作品には、古代日本を舞台、文化が交代していく様を浮き上がらせた「若建の國」(1993)、ドイツの宗教改革者マルティン・ルターの苦悩を現代に照らして描いた「ユニゾン」(1994)などがある。

近年では、劇団の枠から出た活動も積極的に行なっている。主なものでは、通信ネットワーク「ニフティサーブ」の演劇フォーラムにおける「戯曲・シナリオの会議室」の運営(長谷基弘)、北九州市における第一回劇作家大会の総合企画・事務局運営(長谷基弘・近藤朝子・他)などがある。

(以上、「私のエンジン」公演企画書/団体概要より転載)

主な作家
長谷基弘
主な演出家
長谷基弘
主な役者
土方レオーネ
森田聖子
内田義也
橋本健
井尾朱美
吉原清司
会田亮
木村遊美
坂本絢
石井なつき
濱崎直樹
妻咲邦香
主なスタッフ
劇団の公式ホームページ
http://www.momouta.org/

過去の公演
冷たい方程式 (93.7)
Vol.12 機関車野郎、西へ! (94.12)
Vol.13 人情食堂さくら (95.5)
私のエンジン (95.11)
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冷たい方程式 (93.7)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


桃唄309 プロデュース「冷たい方程式」7月3日7時(1:40')
東中野/エウロス 1000円 7/2〜4(5ステ) 03-3318-8119
原作/トム・ゴドウィン 構成・演出/橋本健(1)、高見貞則(2) 客50(満員)

桃唄309(ももうたさんまるく)の役者4人による番外公演。SF小説を原作
とした物語(1)と、その設定を借りて作ったオリジナル(2)の2話。語るに
値するのは(1)のみ。よくできた話しだ。話しがメチャ面白い。

●西暦2200年頃、宇宙の辺境の地。緊急発進艇(EDS)はその自身の
重量と一人の操縦者と荷物の重さに応じた逆噴射用燃料を持つのみ。余分
な燃料など一滴も持たない。SOSに応え、緊急物質の片道輸送を行なう。

ある惑星に伝染病。6人の命を救うため、血清を運ぶEDSが放たれた。
目的地を間近にして、船内に密航者発見。空間条例の規定では、密航者
は発見しだい船外に遺棄することになっている。予定外の重量があると、
船は墜落してしまう。密航者の99%は犯罪者との前程にもよる。しか
しその密航者は、幼い少女だった。惑星の兄に会いたい一心で、たまた
ま開いていた船内にもぐりこんだのだった。

空間条例は少女の遺棄を求めている。彼女の存在は、6人の病人と、操
縦者と、少女自身の8人の命を奪うことである。彼女一人を遺棄すれば
少なくとも7人の命は助かる。操縦者は、少女の命との板挟みで苦悩す
ることになる。

惑星の大気圏突入まで30分。せめてその兄と会話させようと図るが、
兄は外出していて連絡が取れない。時間が刻々と過ぎる。結局、どうす
ることもできず、少女に手紙を書かせ、そして・・・。

よくできた話しでっしゃろ。無邪気にイタズラを働いた少女に、突然突き付けられ
た「死」。状況を納得できない子供に死を授けなければならない操縦者。ほんとに
まあ、そんな状況になったら・・・たまらんのお。「なんとかせー」と思ってたよ。

シンプルな演出で役者の熱演を引きだしている。しかし、操縦者が子供を「説得」
しているのが違うように思う。説得はできない。なのに、延々話して聞かせるのは
理由があるはず。彼は、そのような状況を招いた大人達のシステムに憤りを感じて
いるはず。自らと、自らのシステムを責めさいなんでいるはず。その結果、やり場
のない苦しみにより、怒ったり苦しんだり笑ったり冷たかったりするはず。そうい
った変化が少ないので、お客は飽きるぞ。少女も「泣く」と「怒る」だけでは、足
りない。

2話めは、同じEDSに、幼い時の親友が密航してしまったという物語。アドリブ
状態で、設定のみでエチュードを作っている様を見ているような未完成さ。1話に
比べ、中身がなさすぎる。役者のハチャメチャ度も、そこいらの若い役者レベルで
しかない。もっともっとたたみかけ、お客を引かせないようにしなければならない。
考えながら喋っていては、パニックになりえない。

にしても、マジメに芝居を作っている様子が感じられ、好感を持ったのは事実であ
る。芝居が単調となっていたが、その幅を広げるのは稽古しかないのだろう。がん
がん稽古して欲しいもんだよ。

見終わって「若い劇団なんでしょうね。」



Vol.12 機関車野郎、西へ! (94.12)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


桃唄309 Vol.12「機関車野郎、西へ!」11月24日7時半
銀座小劇場 前2000円 当2300円 11/23〜27(8ステ)
作・演出/長谷基弘 03-3318-8119 客80(満員)

ひとことで言うなら、今回の公演はかなり難しいことをやろうとしていた。その結
果がどうであったかと言えば、ま、ハズシましたね。んでも、別にひとことで言う
こともないんで・・・。

立教大学の演劇研究会を母体とする桃唄309は、86年結成。年1〜2回の公演を
行なっている。小丸は昨年の第10回公演「若建の國」の照明を手伝った。ま、か
なり失敗が多かったせいか、その後、声がかからない。純粋に桃唄を見るのは、そ
の前の番外公演「戦争で死ねなかったお父さんのために」と「冷たい方程式」以来
である。もっとも、桃唄の個性は長谷氏の戯曲にあり、他人のホンを上演する番外
公演は役者の稽古でしかない。

てなわけで、桃唄の本公演のレビューを書くのは、今回が初めてです。

長谷氏のホンに接したのは、若建が最初というわけではない。このフォーラムのデ
ータライブラリの「脚本ライブラリ」に長谷氏の「光あるところ」(91年作品)
と「私のエンジン」(92年作品)、そして「若建の國」(93年作品)が収録さ
れている(LHAで圧縮、バイナリ版)。この劇団の最大の魅力は、長谷氏の描く
作品世界であることは間違いない。少なくとも....ホンは面白い。

要するにね、はせちゃんのホンで、いかに観客をだまくらかすか、が決め手なわけ。
「私のエンジン」にしても「若建の國」にしても、見事にだましてるんだよ。その
作品世界が、ほんとにまあ、微細に構築されている。まったく「ありそうな話し」
なもんだから、リアリティを獲得しちゃってるんだ。「若建」なんか、ほとんど神
話世界(イザナギとかそういうの)なんだけど、リアルなの。私達の知っている神
話世界に、きっちり合っているの。歴史上の事件みたいに思えてしまう。そのすべ
てが、はせちゃんがでっちあげたデタラメであるのに。「私のエンジン」も、戦中
戦後を生きた画家の話しなんだけど、ほんとにいたと思えてしまう。「よくそこま
で調べたなあ」と思ってしまうけど、実は創作なんだ。うまいよ。

はせちゃんの作品にリアリティを付与させるのは、その周辺アイテムに対する設定
のこまやかさにもある。今回の「機関車」では、ビーバー熱とかハッピー金曜日と
かという、いかにも怪しいもんだから、リアリティがないけど、例えばこれが「柳
田通商条約」とか「桃山有害訴訟」とか「黒熱病」とか言ったら、通用したはず。
細かくリーフレットに描写されているものが重要だ。・・・ヒマだなあ。

長谷氏のでっちあげた微細なデタラメこそが、桃唄および長谷戯曲の最大の魅力で
ある。言い替えれば、それ以外は普通の学生サークル劇団とあまり変わらない。

若建で、稽古および公演に関わった私ですが、基本的にノリは学生劇団です。つっ
ても、私は学生劇団に入ったことありませんけど。ま、みんなマジメなんです。い
ろいろ反省したりするんです。実は私、学生時代に軽音楽部にちょいと所属したこ
とがあるんですけど、あきれましたよ。なんせ、「先輩後輩」ですから、「年功序
列」ですから。ま、良くも悪くも学生なんですよね。

ここで、今回公演のストーリーを書こうと一瞬思ったんですけど、わからない。記
憶にない。まちの荒くれ者達が、列車を襲うイベントで興奮している話し、ですか。

今回の芝居は、たぶん、意図的に「混乱」させています。細かいシーンをバラバラ
に連続させ、ストーリー展開しません。登場する人物・場所は、無国籍(実は多国
籍=様々な国籍を示すものの寄せ集め)。とにかく、わけもなく荒くれ者。わけも
なく興奮してます。ですが、役者の力量のせいで、荒れてませんし、興奮していま
せん。セリフや振り付けは荒っぽいですが、みんなおとなしい人達です。そして、
「混乱」というよりは「拡散」しちゃってて、「世界」に収斂していきません。短
いエピソードの連続で、一つのイメージをお客に構築させるというのは、実に高度
で難しいワザですが、そを狙ったと思われますけど、そのためには役者も演出も
裏方も、ほとんど何も行なっていませんでした。つうより、ホンだけでは最も難し
いことの一つだと思います。

こーゆーことを言うのはなんですが、若建だって、あのホンと、あの役者だけでは
「一つの統一化された世界」を構築できたか、大いに疑問だと思うのです。だもん
だから、ものすごく照明は苦労したんですから。裏方の仕事を重視しないといけま
せん。お客さんは「一つの印象」を得るんです。潜在意識に何をプリントしてやる
かを考えねばならんと思うのです。それを「どうやって構築するか」を。

そんで、あの役者達で、あの混沌とした乱暴者の世界を作ることを考えた時、ある
人が言っていたことがとても参考になりました。彼は、ホンを中心に考えて言った
ことなのですが、中心になるポイントをしっかり決める必要があるだろう、という
ことです。「列車強盗」なのか、「流れ者達の街」なのか。あの場所がどういうと
こであるかについて、最初にお客にイメージを作らせる必要があるだろうというの
です。起点となるのは、例えば、あの街で「死」がどう扱われているか、でも良い
というのです。確かに、演技が拡散してましたので、起点を決めれば「ベクトル」
とすることはできたでしょう。ホンと演出の力技と言えそうですが、あってしかる
べき考え方かもしれません。と言うより、様々なレベルの役者を出す時には、なん
でもいいから「こだわっているもの」を与えてやるというのは、昔からの演技論に
ありそうなことです。確かに、それは、お客にとってはわかりやすいものとなりそ
うです。

それにしても、かなり高度なことへの挑戦でした。役者とスタッフワークが求めら
れる試みです。バラバラのイメージから、一つのイメージを構築するのは難しいで
す。しかし、最近のいくつかの劇団が、それを始めていることも事実です。長谷戯
曲が中心の桃唄が、それをでき得るかはわかりません。でも、やってみたことにつ
いては、何の問題もないし、どんどんやって欲しいと思います。いつものパターン
で役者が育つかどうかも疑問ですし、スタッフもまだまだですから。もちろん、や
るんだったら、せめて「バラバラの連続で一つの世界を構築するための方法論」を
持っている必要があるのも事実です。方法論が当たっているかどうかを試す場とし
てなら認められますけど、方法論がないとしたら(わかりませんが)、意味ないこ
ととも言えるものです。(なんせ、方法論を持っていても、充分に実行できる環境
が整わないことだって、生身で勝負する「芝居」には多いのですから)

見終わって「いやあ、こーゆー芝居のRを書くのって、勉強になるなあ。」



人情食堂さくら

−−−− 【人情食堂さくら】 −−−−−− 桃唄309 −−−−

セットがすごくリアルでした。私も下宿してた頃は安くて汚い定食
屋によく通ってましたが、まさにそういう感じで、壁に貼ったメニ
ューの紙がうまい感じに古びてたり、本棚にきったないシールが貼
ってあったり。なぜかリプトンのポスターだけきれいだったり。そ
ういえば、先日のジャブジャブサーキットの公演もリプトンがスポ
ンサーでした。リプトンってそういう会社なんですか。

内容はタイトルそのまんまです。さくらおばさん(土方レオーネ)
の食堂に集う常連客たちの人間模様。事件とか仕掛けとかはありま
せん。なんてことはなくて、カレンダーの日をめくるにつれて食堂
閉鎖の影が徐々に濃くなっていくという仕掛けがあったり、長いこ
と別居していたさくらさんの娘(森田聖子)が帰ってくるという事
件があったりします。日常か非日常かといえば、こりゃやっぱり非
日常ですよね。いや、日常が終わりを迎えるという非日常か。で、
そんな非日常の中にもやっぱりある日常。

ごあいさつの中で作家の長谷は、これは自分の思い入れが色濃く滲
んだ世界なのだといったことを書いていますが、これって結構すご
いなと思います。私にとっては、こういうのって、異次元の世界で
すから。やっぱ、土着の人と引っ越し続きの根無し草とでは、感覚
が相当違うんでしょうね。ああいう無防備な近所づきあいって、私
には結構キツイです。それでもこういう世界が結構心に届いちゃう
のは、私の場合、地元の食堂じゃあないけれど、別のところに似た
ような場所を持っていた経験があるからかもしれません。そこは、
いまはなくなってしまいましたけど……。

人間関係を育てるのって、場所がすごく大切なんですよね。食堂が
なくなれば、きっと、あの人間関係は、終わってしまうんだろうと
思います。場所が消えるってことは、そういうことなんだろうと思
います。そして、さくらさんはそのことを知っている。みんな、そ
っと、いなくなってしまうことを。

役者では、大学生の内田義也、出戻り娘の森田聖子、不動産屋の丸
尾聡、変な女の坂本絢あたりが良かったです。特に、森田さんの登
場は、まさに「はきだめにツル」って感じで。いや、別に、そうい
う意味じゃないですよ。

割とフツウっぽい芝居の中で、役作りの大げささが目立ってしまっ
た人が多かったのがちょっと残念です。特に、年配の役は、役者が
若いのでしょうがないんでしょうが、かなり無理がみえちゃってま
したね。

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【人情食堂さくら】 桃唄309
 作・演出:長谷基弘
  土方レオーネ 森田聖子 内田義也 橋本健 井尾朱美 吉原清司
  会田亮 木村遊美 坂本絢 石井なつき 濱崎直樹 妻咲邦香
  丸尾聡 富岡純子 田畑康(以上3名、プロジェクトM)
 1995.5.10-14 銀座小劇場 5.11 Thu Mt 椅子最前列 4割
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私のエンジン (95.11)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


11/16(木)7:30-9:15PM 晴 下北沢・駅前劇場 桃唄309(03-3319-8819)
 「私のエンジン」 作・演出:長谷基弘 前売2300,当日2500
  ベンチ最前列より 客席8割(150、前2列ベンチ席、後方椅子席)

 舞台。古びた洋館。アール・デコ内装。白黒格子床。上手下手白壁に油絵。椅子
 とこどこ。も今は煤け曇っている。安普請じゃない、リアルな感じ、○。
 お話。戦前、戦中、若い芸術家のたまり場だった、喫茶店。年ふり、1970。今や
 廃屋のそこ。に、かつての仲間が集う。「戦争芸術家」のレッテルを貼られた男
 ・高須邦香の回向。思い出話の内、浮かぶ過去と時代。

 会話と会話。淡々、高須と取り巻く出来事だけが交わされる。学芸好き、功名心
 もある若者達。軍部の依頼。ただ流れの中で絵、流行歌、宣伝放送。徴兵、捕虜
 、リンチ・・。惨禍の痛み、怒りの記憶が沈み、浮かぶ・穏やかで澄んだ悲しみ
 じんわり感動ねこ。会話だけの彩り薄い舞台で、高須・絵のイメージのみ妖しく
 鮮烈な色を放つ。−生きるがごとき、がこの世にあらざる馬の姿、兵士を鼓舞、
 それあるところ全て玉砕、死−。言葉のみなのが、よけいに想像力刺激。時代や
 人の狂気のメタファー?とか勘ぐりも。この絵と高須の行く末興味ゆえ、気を張
 ってみれたねこ。

 過去と今が入れ替わり、時に同時にある展開は、スムーズで○。ただ、言葉多い
 さすがに。特に前半、沈黙禁止とばかり、会話が隙間無しに続く。ちと、息苦し
 さ感じたねこ。後半、ぽつぽつ老人会話主でほっとする。

 役者。日系尋問官、タカモリ役:橋本健。短髪。沈着の姿と声、○。好み。
 (11/15-19 8ステ)


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にしかど(nskd@enpe.net)