NOISE


如月小春が役者を集めて公演。「都市とそこに生きる人間たち」を描く。
概要

構成員
主な作家
如月小春
主な演出家
如月小春
主な役者
主なスタッフ
劇団の公式ホームページ
不明(たぶんない)

過去の公演

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ESCAPE (90.11)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


NOISE Vol.17 「ESCAPE」11月2日7時(1:45')
横浜/相鉄本多劇場 前2500円、当2700円 11/2〜4(11/10,11名古屋)
作・演出/如月小春 03-584-5659 客150(男女=3:7)

6月の築地本願寺講堂から、函館、旭川、神戸、神奈川、松本と回り、今回の
後、名古屋でエスケープツアーが終了する。文化人如月小春を見に、横浜まで
出張ってきました。

前川麻子と同じ「わたしは、ここにいる」がテーマ。ここにいる、ここにいる、
と繰り返されるが、これは明かに疑問文「わたしはここにいる?」だ。

身も心も貢ぐ女はたまたま銀行員だった。なんとなく生きる男は妻子持ちで、
惚れた女が銀行員だった。社会や道徳やルールや常識より、恋人が大事だった。
お互いの存在を証明できるのは、愛だけだった。だから、あともどりできなか
った。銀行員でなけりゃ、普通の恋なのにね。二人は追い詰められていく。

主役の二人が甘い。男、なぜ彼女に走り、ギリギリだったのかを描いていない。
女、存在への不安、痛いほどの恋しさがない。よって、如月さんの思いを構築
できず、恋愛劇にとどまっている。アイデンティティに至らない。若い役者に
2〜3人面白いのがいたから、如月さんも文化人なんかやってないで公演ふや
して育てて欲しいなあ。

初期の如月さんは、単語をバラバラにしてた。今じゃ、文字までバラバラにし
てる。社会構造や経済システムもバラしてる。面白いぞ。しかしことばをリズ
ムに乗せるのは、あまり印象に残らない。「わたしはこ・こにいる」だけ。

見終わって「アイデンティティ喪失ネタに文句なしに弱いあたし。」



家、世の果ての…… (91.6)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


NOISE「家、世の果ての・・・・・・」6月21日7時半(2:15')
下北沢/本多劇場 3500円 6/20〜23(6ステ) 名古屋、大阪、神奈川あり
作・演出/如月小春 03-3584-5659 客300(8割)

パフォーマンスシリーズを経て83年結成。如月さんは評論やエッセイでマルチ
タレントとして活躍。今回の作品は彼女が24才の時に書いたもの。一人の少女
が夕暮れの街を彷徨い、たくさんの発見をしていく。才気煥発、小生意気、純
情繊細、文句大ありの小娘だった小春さんが垣間見える。原点的作品の再演。

すっかり寝た。やたら修飾語の多い文章がちっとも遊んでいない。昔はハッと
するようなフレーズが現代詩のようにスリリングだったのに、ただの饒舌に感
じてうっとうしい私。私が変わったのか?。時代が変わったのか?。「あに、
ぐちゃぐちゃ吠てんだか」とか思ってしまう。だいたい役者達が、まるで児童
劇のようにノビノビとノーテンキに芝居してる。その口の中と、胸の奥にくわ
えこんでるアメ玉を出してから芝居しなよ。

ストーリーは・・・なんせ8割寝てたから・・・スミマセン。今回はパフォーマンス
性も低いし、問題性もない。憤懣娘の私小説的幻想絵日記。

見終わって「冷房止めてよ。観劇中は寝冷えすんだからさ。」



A・R−芥川龍之介素描− (93.5)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


5/30(日)2:00@  スズナリ  NOISE
   「A・R −芥川龍之介素描−」 作・演出:如月小春 階段1列中央

    不安と焦燥をあらわす人物配置と台詞断片の使い方がうまい。
    芥川の実生活(大家族のしがらみ)と作品を交互に、また錯綜させる
   進め方も、隙間風など吹かない、緻密な構成。役者もいつもの高水準。
    今までより、個人に迫ってはいるんだけど。具体的で、今の時代との
   との類似もわかるけど。舞台と距離を感じるのはなぜ?求めるものが
   違うってことかな。ともかく、演劇を堪能することはできます。


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にしかど(nskd@enpe.net)