双数姉妹


概要
早大劇研の出身の劇団。1994年にTOPS進出を果たした。

構成員
主な作家
小池竹見
主な演出家
小池竹見
主な役者
日高ひとみ
小野啓明
明星真由美
今林久弥
小林至
阿部宗孝
田中桂子
大倉マヤ
佐久間雅子
五味裕司
井上貴子
主なスタッフ
劇団の公式ホームページ
双数姉妹

過去の公演

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Vol.4 キャリバンズ (92.4)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹 Vol.4「キャリバンズ」4月21日7時半(1:18')
早稲田/早大大隈裏テント 前1000円 当1200円 4/19〜27(9ステ)
作・演出/小池竹見 03-5272-5874 客90(9割)

現役の早大劇研のアンサンブルの一つ。(早稲田大の演劇研究会は、テント・アト
リエ・照明音響機器を所有する主催団体であり、会員の中の同意者が作った劇団に
より構成される。10年程前からこの「アンサンブル」制度を採用し、プロ指向の幾
多の著名人を輩出した。現在は「双数姉妹」と「PICKWICK」がある。)

始まったときは、あまりのシロートぶりにあせったけど・・・寂寥感に包まれた、
とってもいい舞台でした。発泡スチロールを細かく削って作った(学生はヒマだか
ら)「大雪」が実に美しく、最後には感動してしまいましたよ。

誰もいないその「島」にとりのこされているかつての人類。すべてが終わった後に
生まれた「ボク」に、「日常」を教えてくれる先生達。先生の授けるイメージは、
夫婦や家族や悩みや憤りや争い。何も知らないボクにすべてのことを教えてくれる。
その「イメージ」の登場人物との接触により、少しづつ知識を獲得していく。「お
互い同士の憶測に支配された歪んだ世界」は、ボクに孤独を教えてくれる・・・。

会話のすべてがお互いの憶測を含めて語られるシーンが面白い。また、役者のシロ
ートさに合わせた演技を与えた演出家はみごと。わかってるやつだ。

主役の小野啓明(現劇研幹事長)がいいのは確かだが、圧倒的にすごい女優がいる。
名前がわからん(おそらく苅部園子)。きれいだし、うまいし、テンションが高い。
感心してしまった。だって、まだ若いだのにさ。チェックしとこ。

見終わって「久しぶりにPICKWICKもチェックしねぇといかんな。」
(あれはこの秋、PICKWICKが東京オレンジになるっていう意味のチラシか?)



Vol.5 ハクチカ (92.6)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹 Vol.5「ハクチカ−remixとしての−」6月29日7時半(1:22')
早稲田/早大大隈講堂裏劇研アトリエ 前\1000 当\1200 6/25〜7/2(10ステ)
作・演出/小池竹見 03-5272-5874 客120(8割)

現役の早稲田大劇研のアンサンブル。大隈裏のビル内のアトリエの舞台は間口6間
はあるぞ。ったく、ぜーたくだ。でも1000円だもんな。

面白かった。かっこ良かった。すげかった。まいった。嫉妬するね。才能あるぜ。

あまりに面白かったんで、誰にも教えたくないぐらいだ。こいつら、すげぇぞ。

「家族の崩壊」とか、「世紀末的厭世気分」とか、「関係性の欠如」とか、あれこ
れ解釈すんのも可能だけど、なんか、そーゆー解釈がアホらしい。REMIX的イ
メージの連続で、ちゃんと一つの確かな思いを描いている。せつなくて、やりきれ
なくて、孤独で、さびしくて、閉塞状況で、果てしない今の連続だもの。思いだす
だけで胸が苦しいぜ。ほとんどのギャグとか演劇的方法論で綴ってんだからね。ア
イディアに満ちているし、役者のテンション高いし、板谷静男さんの明かりもきれ
いだし、ったく、たいしたもんだぜ。前回の「キャリバンズ」はたくさんの役者が
使われていて、うまいのもいたけど、そうでないのもいた。今回はメインの使える
数人をフューチャーして、エチュード的セッションで芝居を維持していた。相変ら
ず苅部園子さんは圧倒的だ。見てるだけで血が騒ぐぜ。わけわかんない不条理的ど
ーでもすっとこどっこい会話で、盛り上げるもんなあ。いいなあ。

同じ早稲田系の某劇団の方法論の確かな影響を感じるが、今は言わない。

しかしだね、「第三舞台的笑って踊って大騒ぎ」での世紀末気分の表現じゃなくて、
淡々と綴ることでも「俺らの行き止まり」を表現できるってのは、演劇の進化と言
ってもいいんじゃないのかしら。青年団の淡々さとは全然違うんだよ。ひたむきに
淡々としてるの。つまり、簡単に踏み潰されてしまう今どきの若いやつをそのまま
現してんだから。生命力の弱さ。藤原新也が言うところの「人類の、種族としての
限界」を感じさせるんだもの。それこそが俺ら以降の世代だもんね(俺は違うぞ)。

見終わって「若いんだのに、やるぢゃねーか。面白過ぎるっつうの。かっこ良すぎ
んだよチクショーめ。くそーっ。なっ!、そーだろっ。だと思った。」



Vol.6 フーリガン (92.11)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹Vol.6「フーリガン」11月10日7時半(1:11')
早稲田/早大大隈裏特設テント 前1300円 当1500円 11/7〜18(12ステ)
作・演出/小池竹見 03-5272-5874 客100(ほぼ満員)

早大劇研のアンサンブル。とにかく小丸が今一番押している劇団だっつーの。見る
のは今回が3回目だけど、毎回、今度こそはつまらんだろうというネガティブな期
待を見事に裏切ってくれる。若いんだのに、すげえぞ。そりゃ演出家の才能だ。こ
こが最先端ね。良い子の演劇おたくは、ちゃんと見ておくよーに。

●黄色い家族は親子が三角。赤い家族は点と線。マイホームはスタジアム、審判
する家畜。大観衆の中の一個の殺意。グラウンドに溢れる12万観客の無関心。
黄色と赤の無制限バトルロイヤル。勝利者はいつも観客。

黄色いお父さんは浮気なブチョーさん、赤い娘は取り立てられガール。二人し
てピンチ、お互いに猜疑心、リングに火花、全て見ているペットのヤプー。

さあ行こう!。一発で殺しに。群衆に紛れれば共犯は全人類。ザラザラとこす
れあう家族に優しい世紀末の一撃。点と点を結びつけるのは弾痕。親と子の固
い絆は弾の跡。心はいつもフーリガン、武器はいつもフリーガン(自由銃)。

いろんなことやってくれるぜ。いつもの会話解体もスリリングだ。3回見たうちで
は今回が一番わかりやすくて、それがちょっと不満。エンディングもものたりない。
最後はなんつうか、水分を吸い取るような乾きに持ってって欲しかったかもね。

役者が育ったぜぇ。最初に見たときは苅部さんと小野さんだけだったのに、小林至
や明星マユミや大倉マヤや米山奈緒子も育った育った。その他のちっちゃい役の子
も育った育った。こいつらで3つは劇団作れるぞい。そりゃすげーや。

今回の苅部さんはちょい不満。周りが主張しだしてキツイのはわかるが今日はテン
ション低かったしぃ。まっすぐな目で、頑張って欲しいよお。

見終わって「始まる前にドキドキしてて、終わった時にホッとしてん。でも、たい
したもんだよぉ。その才能に嫉妬するぐらいだ。」



Vol.7 NAKED Q (93.5)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹 Vol.7「NAKED Q」4月23日7時半(1:35')
早稲田/大隈講堂裏特設テント 前1300円 当1500円 4/18〜29(12ステ)
作・演出/小池竹見 03-5272-5874 客100(ほぼ満員)

早稲田大学演劇研究会の現アンサンブルの一つ(他に東京オレンジがある)。90年
より活動開始。今回が7回目の本公演だ。しかし、他に実験的なアトリエ公演を行
なっている。相変らず、小丸イチオシです。

さて、最初に断っておかねばならないのは、22日と28日の2回見た知人が、
「全然違った」とのたまっていたことだ。22日は全然楽しめなかったらしい。小
丸は23日に見て、かなり満足して、あれこれのシーンを話したのだが、全然通じ
ないのだった。それで28日に再び見た知人は、「圧倒的に面白かった」と憤慨し
ていた。「あれがあるんなら、最初っからやってくれればいいのに・・・。」と。
つまり、あなたが見たそれと、私が見たそれが、同じものではない可能性があるこ
とを最初にご理解下さいませ。

●「Q」は存在していた。どこに?。宇宙空間に。歴史の奔流に。・・・・うそだろ。

「C」は産まれつつあった。どこに?。コトバ上に。ウタ上に。エンゲキ上に。
うそだろ。わかんねえよ。ちゃんと仕事しなさい。歌、へたねえ。

仕立屋職人、見えないウソを織る。オヤジだもの、仕事するよ。オフクロだも
の、口うるさいよ。ムスコだもの、仕事覚えるよ。そんなの・・・うそだろ。

最高のギャグ漫画家は、妻に書かせ、編集者に笑われ、ピザの宅配屋に催促さ
れ、娘の学校の先生に家庭訪問され、夜が明ける。ところで娘はいない。漫画
書けない。ピザ頼まない。編集者来ない。仕立屋の出前、届いた届かない。

ここはどこだ。王宮か、仕立屋か、漫画家か、映画館か・・・うそだろ。舞台
だもの。何言ってんの、ちゃんとアイロンかけなさいよ。配達すんだの?。ハ
サミを止めないの、生地痛むわよ、マジメニハタライテヨ・・・。

Q、死んだ。C、やっぱり死んだ。一人で生きれないものね、姉妹、おしまい。

エチュード劇団です。新歓公演です。それもこれも稽古の延長です。料金1300
円です(いつもこの値段だ)。コストパフォーマンス最高でしょう。

圧卷は、「無理エチュード」。明星(みょうせい)さんと苅部さんが二人、舞台に
残り、それぞれ勝手なことを言い、勝手に動き、相手のセリフ(の内容)に影響さ
れることなく、話し動き続ける。ただし、しゃべり続けるのではなく、一言ごとに
相手のセリフを待つわけだ。そして、その内容には影響されないけど、その気持ち
だけをちゃんと受け止め、返さねばならない。返すときにも、内容的に意味を作っ
てはいけない。内面だけ会話し、外的には無理問答を続ける。なかなかどうして、
笑わせていただきました(顔が笑ったまま固まってしまった)。

しかししかし、全然甘い甘い。コトバが死んでいる。かなり追い詰められた会話な
のだから(QとCというキャラクターも維持している)、ちゃんと攻撃しなければ
ならない。ここでQとCは初めて対峙し、勝負してんだからね。苅部さん弱い。
「あっぱれさんま大先生」のきいちゃんには遥かに及ばない。

山の手事情社の方法論をベースとして、多分に山の手を越えてしまった(と言って
しまおう)部分もある双数姉妹だが、役者個々はまだまだ甘い。それでも小野さん
はかなりキチガ●になってきてて、嬉しい。小林・明星・苅部を含めた4人が一歩
抜き出ているけど、小池さんに見えているものは、遥かに先のことだ。苅部さんは、
1年前に「普通の芝居」は克服している。今回、苅部さんに与えられたテーマの尋
常ならざる難解さは、そりゃあもうたいへんだぞ。存在そのものだけで、「あんた
の勝ち」を勝ち取るっつうんだから。ムゴイぜ。んだけど、やっぱ芝居は役作りじ
ゃなくて、「存在」そのものだから、やっぱ苅部さんも殻を破らんとね。

山の手とか双数姉妹を見ていると、ひたすら小丸は悔しいの。つうのは、約6年前
に、小丸がやっていた稽古の延長線上のものが、そこにあるからだ。わしも、ちゃ
んと稽古を続けていたら、きっとこれをやっていただろう、と思うからだ。6年前
にさ、役者からコトバを奪って、内側だけで会話するのを目指していたんだもの。
イミなんかクソくらえで、ムチャクチャなフレーズの応酬で、なんとか会話が成立
せんかと、試行錯誤を繰り返していたっけ。ま、体力なかったからあ・・・。

しかしなあ、寺山修司が生きていたらダンスをやっていたろう(三浦雅士)らしい
けど、確かに演劇におけるコトバの弊害は大きくて、平田オリザのように、演劇的
なセリフ回しを排除する方法論からのアプローチもあるけど、なんちゅうか、コト
バなんか単に内面を表示する一つの道具にすぎず、肉体や音楽や照明や装置と同レ
ベルなんだから、先端の人はちゃんとそれを示して欲しいぞ。安田雅弘はまだ、見
つけていないけど、小池竹見はぼちぼちつかみつつある。山の手と比べ、双数姉妹
の方が、混沌全体で示す「感じ」が明確に描けているんだ。いつもコミュニケーシ
ョンが重要なモチーフだけど、その断絶の果てにある未来の不安を、感じさせられ
てしまう。

んだけど、小池さんはパソコン通信みたいなメディアによる新しいコミュニケーシ
ョンのことを知っているんだべか。個対個対個でネット化するのに。うーん。

オフクロ役の井上貴子のできがポイントで、前半はかなり悪かったみたい。小丸の
見た日は完ぺきだった。彼女が芝居を維持していないと、壊しの意味が弱まるもの。
今回は小野・小林の勝利。苅部・明星は、困難な役をこなし切れていなかった。ま、
1回は見逃してやろうと思う。

見終わって「学生ですから、卒業するやつもいるし、いま見ないと劇団ごとなくな
ることだってあるよ。」



ソビエト (93.11)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


11/14(日)7:30:20PM 晴れ    早稲田大隈裏アトリエ 双数姉妹
  「ソビエト}ヤコフスキー生誕100年v作・演出:小池竹見  

 面白い。不愉快。ないまぜ観劇。終演後の感慨なし。才知は感じるけど。
 
 お話し。劇団?。の舞台と楽屋。に出入りする役者。女と男女。
 説明は勘弁。認知してないから。
 おのおの別の芝居のテキストで演じる。舞台と楽屋をはさんだ二人一役
(?)。会話を互いにプロンプターとなって操ったり(?)。などなど
 好きなようにやってる。その発想に、驚かされるエチュードの数々。
 だから何かは、わからないけど。
 
 観に来てる客は、双数姉妹を承知のうえだから、けっこう受けてた。
 その気のないお客なら、何が何やら、不愉快なとこもあったでしょう。
 で。舞台と楽屋の入れ代わりで、リズムがあるうちは、まだ良かった。
 ラストは何?。拍手する気が失せちゃった・・。わからないわ。



千年の夏/裸足のフーガ (94.2)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹 研究公演 「千年の夏/裸足のフーガ」2月27日(日)7時半
早稲田大学/劇研アトリエ 無料公演 1回公演のみ
原作/太田省吾 構成・演出/小池竹見 客120(満員)

早稲田の現役劇研のアンサンブルの一つである双数姉妹(最近、Dual Sisters)
は、この4月末に初の外部公演(トップス)が控えている注目劇団だ。すっかり
遅くなりましたが、先日の無料研究公演をレポートします。(一部でしか告知さ
れず、ほとんど伝わっていない。私も、本当に公演があるのか曖昧のまま、とり
あえず現場に行ってみたという・・・)

野田地図に出ている苅部さんと、病欠の小林さん以外はみんな出演してました。
太田省吾の二つの作品をリミックスして、それぞれが二役程度をこなし・・・。

無料の研究公演ですから、何か意図があったんでしょうね。何でしょうか?。

看板女優の苅部さんがいないのに、あえてやったわけですけど、かなり退屈しち
ゃいました。小林さんも前回公演を病欠し、今回は出るはずだったんですけど、
結局出てませんでした。う〜む・・・。

それでですね、公演が終わって一月以上経ってるのに、あえて報告しようと思っ
たのは、ちょっとすごかったからです。つまりその、役者の力量の「決定的な差」
がです。ウルトラ・スーパー・明星(みょうせい)さんの相手役が、苅部さん欠
席により、佐久間雅子がやってたわけですけんど・・・ちょっと、かわいそうで
したねえ。明星さんがあんだけセリフをかけているのに、まったく返せないんで
すから。こーゆー言い方は佐久間さんに酷ですけど、会話が成立してませんでし
た。明星さんが、ちゃんと聞いて話しているのに対し、佐久間さんは聞いていな
いんです。誤解なきように言いますけど、佐久間さんだって、そこいらの劇団に
いけば充分にヒロインできると思いますよ。でもね、なんせ相手がウルトラ・ス
ーパーの明星さんですから。

そんで、終盤で明星さんが激昂するシーンがあるんですけど、知人に言わせると
明星さんはマジで怒ってたそうです。そしたら佐久間さんがちょっと良くなった
そうです。どうでしょうか。小丸にしてみると、明星さんの痛いセリフがビンビ
ン来るのに、相手役が意味不明の音を発しているので、あたしゃ精神錯乱状態で
したよ。いやもう、苦しかったあ。

その他では、小野さん(2話の方)と井上貴子さんのエッチなやつが、やっぱ良
かった。双数姉妹は今、苅部・明星・小野・小林・井上までだ。彼ら以外とは、
かなり差が開いた感じ。特に苅部とか明星とかは、既に「役者」になりつつあり、
他の普通の人々とは、次元がね、ちょっとね・・・。

苅部さんがいないんで、そこを埋める何かを発見しようという研究公演だったと
思う。でも、前述した役者とその他との差が決定的であることを発見してしまっ
たように思う。小池さん、どーすんだべ>トップス。

見終わって「五味とか田中とか、可能性はあると思うんだ。」



H・C・E (94.5)

 困った。わからん。お手上げだ。(^^;;;

 わからないから、せめてどんなふうにわからないかを書こう。
 不条理ぢゃあない。脱中心的というわけでもない。
 それぞれのシーン、人物、行動、関係、つながり、そして、芝居全体が、
 何かを象徴している、何かの隠喩になっているような気がするんだけど、
 気がするんだけど、それが何なのかはっきりしない……

 わからなかったけど、つまらなかったわけではないです。
 光る部分を持っていて、結構、ひきこまれてみました。
 次が楽しみだな、と思わせてくれます。

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【 H C E 】  双 数 姉 妹
1994.4.27-5.5 新宿:THEATER/TOPS 全席自由(当日券あり)
4.29 14:30- 10列目より観劇(当日券) 客席満員
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(下の文章の文責:まねきねこさん)


4/30(土)7:35:10PM くもり 新宿・シアタートップス   双数姉妹
    ”H・C・E”  作・演出:小池竹見         ほぼ満席
 
 うひー、「トラヴェロ-再見」再び。わかんない。腹立つやら、おもしろいやら。
 お話し。ALP(明星)とイッシー(苅部)と無関係な人達。心象も逝った者も
 同居する、さまざまエチュードのミクロコスモス。

 解ろうなんて、やめる。小池氏はなにが言いたいのか。伝えようと思っているの
か。
 心伝達糸電話。同一台詞の反復と会話のバリエーション。など、おなじみの趣向。
 シュールギャグと(思い込んで)みると、面白い。
 と、笑いは不快さの救い。バカ連呼。脈絡なしでの平手打ち。客電ついてとろとろ
 エンディング。不愉快。不親切。プンスカねこ。期待するのが間違いか。

 縦ロール・メドゥーサ明星。硬化する意識の中での妖しい巨体。ご尊顔に三拝ね
こ。
 苅部さんとの応酬は鬼気迫るものがあったけど、これも意味不明で。うーん。



サナギネ (94.10)


● 初日をみてきました。

● 開場は開演の15分前です。理由は、入ればわかります。

● 舞台を二つの半円に分ける形で、南北に凸凹の山脈のようなも
のが走っています。A・HブロックとD・Eブロックが分けら
れたそれぞれの半円の正面になります。山脈の高さは、高いと
ころでは人の背を楽に超えます。芝居は、山脈の上および二つ
の半円で並列に進行します。例えば、こちらが教室であちらが
職員室だったりします。私はAブロックでしたが、山脈の向こ
う側の芝居はほとんどみえませんでした。そういう舞台です。
席によって、みえるものは全く違うはずです。

● 前作よりは、物語が前面に出ています。ミニパンフでの小池−
ケラ対談でも、そのあたりちょっと触れてます。

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【サナギネ】 双数姉妹 第8回青山演劇フェスティバル参加作品
  作・演出・舞台美術/小池竹見
  日高ひとみ 小野啓明 明星真由美 今林久弥 小林至 阿部宗孝
田中桂子 大倉マヤ 佐久間雅子 五味裕司 井上貴子 他
1994.10.20-24 青山円形 10.20Thu 初日 A−2列目 9割
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(下の文章の文責:まねきねこさん)


10/22(土)7:00:40PM 晴 渋谷・青山円形劇場 双数姉妹
 「サナギネ」       作・演出:小池竹見   ほぼ満席?

 物語があり、わかりやすげな今回。でも、声はすれども、見えずわからず。

 お話し。心閉ざす少女。身閉ざす少女。学校という島。生徒と先生。と、そこ
 に流れついたもの達。閉鎖された場所の類似性。少女・ヨシノ(日高ひとみ)
 をとりまく世界が、同時間で平行して進行します。

 円形舞台の中央に、箱で壁。反対側はほとんど見えま
 せん。ねこは、楽屋(ロビーからみて奥)側席。職員室、喫茶店、少女の家の台
 所って、とこの舞台。反対側の教室では、小林さんあたりが笑いをとっている
 のに、こっちはシリアスでお客深閑。別の劇場があるようで、おもしろい。
 街の雑踏とかでは、関心なければ気にならない数多のノイズ。でも、舞台に
 ノイズはないと思っちゃうねこ。判読できない反対側は漏れてくるだけに、も
 どかしい。みな見れる舞台のお山の大将になりたかった。(何書いてるんだか)

 女学生役の日高さんは、いたいけさと、無邪気なかわいさと残酷さがそれぞれ
 あって○。明星さんは、やっぱ圧倒的な存在。舞台を周って来るのが、心待ち
 だったねこ。反対側の客席でもみたいけど、行けサうノb「フnc念。
(#475に書いた程度の日高さん情報は、フェスパンフにも書いてありましたね。
 ちと、恥ずかし。パキッシュとじてきんは、結局行けず悲しい。チケツ買って
 たのになあ・・・)



(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹「サナギネ」10月23日6時(1:35')
青山円形劇場 2800円 10/20〜24(7ステ)
作・演出/小池竹見 03-5966-3877 客300(9割)

早稲田の現役劇研所属のアンサンブルの一つ。小丸は92年の第4回公演「キャリ
バンズ」から見ている。今回の公演を「久々に面白かった」と言う人がいるけど、
私は言う「いつも通り面白いぞ」と。確かに「フーリガン」から方向性が変わった
けど、ようやくそれもうまく回りだしたってことだ。

苅部園子が抜けた。来年5月のザズゥに出るってニュースは、みんな知っているの
かなあ。んで、1月発売の演劇ぶっくの表紙になるんだってさ。・・・噂ですけど。

苅部について100行は語れるけど、ま、やめておきます。早く復帰して下さい。

「サナギネ」は情報誌ぴあによると太宰治の「女生徒」がモチーフだと。今回の青
山演劇フェスの統一テーマが「女子高生」ですから。そーゆーの知らない私です。

舞台は円形で、客席が360度を取り囲む。ただし、中央を横切ってQ穀のb
の構築物があるため、一方の客席から他方が見えない。小丸は「職員室サイド」の
最上段から見ました。教室の風景は見えませんが、教育実習生の教段に立つ姿は見
てとれました。

この芝居の最も重要な点は「見えない」ことです。見えない場所でドラマが展開し
ていることです。そこで何が起きているか気になりますけど、それがわからないと
いうことが重要です。簡単に言えば、「見えないところでもドラマがある」という
ことを、実際に見せてしまったということです。生徒一人一人にドラマがあるよう
に、先生にもドラマがあり、同時進行で生活が存在し、私達・・・いいえ、私に見
える物語はその一端であり、「それだけ」を見て理解できることは少ないのです。
同じ面(芝居)を見ても解釈は異なるものですが、違う面を見た観客が解釈するも
のも別のものです。今林先生の膝に甘えようとした少女を投げ飛ばすシーンを見な
かった向こうの観客は、ラストをどう感じたのでしょう。今林先生と日高の勘違い
甚だしい別れのシーンを見なかった向こうの観客は、ラストをどう感じたのでしょ
う。オープニングで明星さんのコトバの持つ印象がインプットされなかった向こう
の観客は、この芝居をどう感じたのでしょう。オープニングで明星さんのコトバの
持つ印象がインプットされなかったこっちの観客は、この芝居をどう感じたのでし
ょう。私達の生活において、見えない部分を見ていないで解釈する私の判断って、
なんなんでしょう。はっきり言えるのは、女子高生に見える範囲は狭いってことで
あり、それでもがんばっているってことでしょうね。

私には、あの舞台は船に見えました。取り残された人類が漂う難破船です。閉じた
世界です。漂うことがすべてであり、目的(到着地)はありません。そこでも、生
活が存在し、女子高生も存在するのです。さてさて、日常は果てしなく続くもんで
す。

見ていて考えていたのは、例えば人類が滅亡し、たまたま30人ぐらいの人間が生
き残ったとして、そのうち15人ぐらいが子供だとしたら、やっぱ学校を作るんだ
ろうな。特に日本人は絶対作るね。3人ぐらいを先生に決めるんだよな。当然、職
員室も作る。そうするとやっぱ、先生と生徒の恋は起きるんだよな。人類が滅亡の
危機にひんしても、やっぱ急に制度は変えられないもんな。まてよ、世の中が変化
してるのに、制度が変わってないってのは、今現在のことじゃないかしら。

最後の方は、うまかったねえ。少女が段の高いとこに直立して、ピンサスでも浴び
ようもんなら、それだけで感動を誘いますもんね。ヒキョーだよねえ。

今回は特に苅部の「穴」を感じませんでした。それぞれの役者がうまくなりました
もんね。小林さんは身体は復帰したのでしょうか。まだ、7割程度の状態に思えま
す。その分、今林が伸びてますねえ。まだ「受け」ができませんが、それでも客を
つかむ力を獲得しつつあります。小野さんは今回も目だってませんけど、ほんとう
は小野さんはすごいんですよ。次回に期待しましょう。五味がいいねえ。あたしゃ
五味が好きだ。いっつも変わらないけど、五味は五味だから。井上さんはもう、な
んでも来いだ。もっとメチャメチャなのをやらせたい。明星さんはほら、困った程
の存在感で、何をやっても意味がついちゃって、もしかすると問題かもしれん。大
倉さんは・・・すいません、スカートに目がいっちゃって・・・(^^;)。

日高さんはしっかりやってました。でも、あれは小池竹見がうまいんだ。田中桂子
さんは良かったと思うけど、ここの役者はああゆう小賢しい芝居はもともとうまい。

小野さんと明星さんが四つに組む芝居を見たいもんだ。来年は5月にトップスだそ
うだし、そのあと劇研を出るらしいから、その前に4人ぐらいで実験公演をやって
欲しいなあ。小野・明星・五味・井上とか。あと、今林と小林のコントってのはど
うかな。

見終わって「傑作でした。見なかった人は悔しがりなさいね。」



コサック (95.5)

−−−− 【 コ サ ッ ク 】 −−−−−− 双 数 姉 妹 −−−−

「ごあいさつ」の話からしましょう。小池竹見は、神戸の地震のこ
とにふれて、なにかした気になるのが嫌だから、義援金を1円も払
っていない、と書いてあります。これってアレですよね。

援助は相手のためにならなければいけない、ってことを考えて、そ
のことを考え過ぎるあまりに、自分が援助することによっていい気
分になることを罪悪みたいに感じちゃう人ってたくさんいます。な
にかした気になるのが嫌だ、ってのはそういうことでしょう?

でも、小池竹見がなにかした気になるかなんないかとかいうことは
比較的どうでもいいことです。せっぱつまった被災者にとっては。
葛藤より金。逡巡より行動。戦争にせよ震災にせよ、現場のリアリ
ティーってのはそういうことでしょう?

それを、なにかした気になるのが嫌、とか、そんな現場の抜き差し
ならないリアリティーから遠く離れた心中葛藤を「ごあいさつ」に
載せて、「何もできないという事をかみしめねば、と思います。」
なんて抽象的にかっこつけちゃって、いいんですか?これから舞台
で戦争のリアリティーを問おうという人が。

ところで私も義援金払ってませんが、主な理由は、しょせんひとご
とだと思ってるからです。ああ、石を投げないで。

で、舞台。確かに、わかりやすい感じのする舞台でした。

社会に戦争なり何なりの大状況があれば、それは当然社会に住む末
端の構成員にも影響を落としてくるわけで、逆にそうした人々の日
常を描くことで大状況の方を浮き彫りにすることができる。なんて
オーソドックスな方法論が、とりあえず、読み取れるからです。

人と人が戦うこと、人が人を殺すこと、人が人を支配すること、人
が人を庇護すること、そういうことが日常化した社会というのがあ
るとするなら、そこでのごく普通の人間関係ってのがどんなふうに
歪んでしまうのか。その歪み具合が、この劇団独特の仕掛けも交え
て舞台に展開されます。事件性は抑え目だけど、リアル。

それとは対照的なのが、五味の演じた変なキャラで、とぼけた口調
で虐殺とか空爆とかのエグイ事件を、バーン、ウェー、とかいって
デフォルメして表現します。いわゆるテレビゲーム的な現実把握。
我々のテレビを通じた現実認識なんてそんなもんだと。

リアリティーってのは、難しいですね。我々は、リアリティーに関
しては常にダマされ続けて生きてきてるわけで、自分に自信失っち
ゃってますから、防衛策としてとりあえず距離を置くしかないって
状況があるわけですから。テレビを通じてみたボスニアなんかにあ
っさりリアリティー感じてるようじゃ、はっきりいって、この世の
中やっていけないわけでしょう?アフリカの飢えた子供の写真みて
いちいち泣いてたら涙がいくらあっても足りないわけで、だから、
あれはひとごとだ、と距離を置く能力が、我々には否応なく備わっ
ちゃってるんです。それに罪悪感いちいち感じてたら、やってられ
ない。それこそ、頭がおかしくなる。

だから、ひとごとはひとごとで、それでいいんじゃないでしょうか。
偶然なにかリアルなとっかかりがあって、これはひとごとじゃない、
って感じたら、そのときこそは全力挙げて取り組んで、カタルシス
を得ればいい。それはきっと幸せな体験で、それを得られた人はラ
ッキーなのです。我々は、そんな幸運な人に拍手して羨めばいい。
羨みつつ、せめて些細な協力でもしておすそ分けにあやかればいい。
そういう幸運は、意図して得られるものとは思えません。ましてや、
他人に強制できるものでなんかあるはずはないのです。

何もできないことをかみしめねば、なんて言ったってしょうがない
でしょう。そんなふうにマゾヒスティックに自分を追い詰めても意
味がないでしょう。わたしゃ、そんなもんかみしめるヒマあったら
スルメでも噛みますよ。

まあでも実際、小池竹見はこうして舞台を作ったわけで、ちゃんと
何かやってるし、自分だってそれを意識してるんですよね。だから
余計イヤミなんだな。あんなごあいさつ、書かなきゃいいんです。

ちなみに舞台は、明星真由美ファンの人は必見と思われます。前回
非常に目を引いた日高ひとみは、今回はいまいち。

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【コサック】 双数姉妹
 作・演出・舞台美術:小池竹見
  小野啓明 今林久弥 小林至 阿部宗孝 明星真由美 日高ひとみ
  佐藤拓之 田中桂子 大倉マヤ 井上貴子 佐久間雅子 月村丹生
  桜井邦彦 楢原拓 浜本邦生 間瀬とも子 井ノ原快彦 堺正人
 1995.5.3-15 THEATER/TOPS 5.6 Sat Mt 最前列 4割?
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(下の文章の文責:まねきねこさん)


5/3(水)7:30-9:50PM 曇 新宿・シアタートップス 双数姉妹
 「コサック」   作・演出:小池竹見     客席5割(100人)

 果てしない哀しみになすすべもなく。胸に来る。ストーリー明解。役者に感情。

 お話。ボスニア。国境の小さな町。女主人(明星真由美)の家には、セビリア人を
 「救済」にきたコサック兵が逗留している。恐怖から一人では喋れない兄弟。
 食べ者と交換に体を差し出す娘。強制収容所の脱走者。3民族紛争とアメリカ、
 ロシア、そして今ある日本の関りを、冷静に描いていく。(「悪童日記」のすげ替
 えのお話とのこと、興味ある方はチェック。)

 仕掛けの才知には、いつもながら感心。舞台は、地下と屋根裏がある2階建設定。
 上手の登り階段(舞台->天井)、下手の下り階段(舞台->舞台下)と人の動きだけ
 で、場を表す。巧い。人間浄瑠璃や、ロープで吊りや結びの拘束で、人が置かれた
 状況を表したりも。場面の展開は鮮やかさ。かっこいい。

 前半の遊びめいた口調とかわり、後半はストレートで、重い芝居となる。明星さん
 の静かな哀しみが感じられる演技は、収穫。他役者にもいつになく感情がある印象

 ラスト近くの唄、フェリシダージ(映画 黒いオルフェより。幸せの意)は、胸に
 来る。「哀しみは果てしない しあわせには限りがある しあわせは花びらの露の
 しずくのように ちょっと揺れると 落ちていく」という歌詞だったと思う。神戸
 の震災でただ燃え盛り、増え続ける死亡者にどうしようもない悲しさをもった気持
 ちが蘇る。その後、おどけて殺戮を語る場面は、体がこうばる。ねばならないなど
 、主張は微塵もない。けど、受け取る気持ちは、とても重いものだ。小池氏はこの
 後、幸せなアバンギャルドに戻ってくれるのだろうか。

 日高ひとみは、いたいけな可愛さ。明星真由美と対象的でそれぞれ、いー感じ。
 (5/3-15)



(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹「コサック」5月6日2時半(2:20')
新宿/シアタートップス 2800円 5/3〜15(18ステ)
作・演出/小池竹見 03-5966-3877 客50(3割)

なんだこの客席は。お客はどこへ行ったのだ。ガラガラじゃないか、土曜マチネ。

早稲田の劇研のアンサンブルの一つで、94年に最も注目された劇団。違う意味で
現在も最も注目されている。

チラシによると、本作は「gadget」「ソビエト」につづくスラヴ系エンターテイメ
ントシリーズ第3弾だそうだが、少なくとも「ソビエト」はエンタテインメントな
んぞじゃなかった。んじゃあ「コサック」はと言えば・・・。

大娯楽お気楽小沢健二大作。いい意味でちょろいです。狙ってますね。

舞台は内戦中の旧ユーゴスラビア、ボスニア・ヘルツェゴビナであると、「ごあい
さつ」に書いてあります。ベストセラーの「悪童日記」を引用したとも書いてあり
ます。戦争の物語です。つまるところ「戦争と私」であり、「阪神大震災と私」で
もあります。

この作品が、最近のニュースに触発されたものであることは明らか。戦争を扱うと
いう考えが最初からあったとは思いますが、「〜と私」という解釈になり、娯楽作
品化していったのは、時世の影響でしょうね。言い換えれば、まず阪神大震災があ
り、その結果生まれたのが、この作品です。小池さんにとっては、「阪神大震災と
私」を描くことの方が意義深い。普通そんなの描きません。あえてやるのは、相当
のインパクトがあったはずです。無視できないだけの存在であったのです。ふっふ
っふっ・・・若いな。(うらやましいね)

小池さんが「ごあいさつ」で書いていることは全く正しいことですね。芝居もその
まんまをやってますもの。「神戸と私」ですから。表現者たるもの、「義援金」を
払わずともできることはたくさんあります。それをやればいい。受取手よりも、自
分の方が大事ですから、本人が気持ちの悪くなることはしないというだけの話し。

オープニングから、またこの芝居も「演出」を見せられるのかと思った。そうでも
なかったけど。でも、もっと小野さんや小林さんや明星さんを見せて欲しい。小池
さんがそんなに頑張らなくてもいいのに。確かに、ムチャ言ってりゃなんとかして
くれた苅部がいないのは悲しいけど、小野さんや明星さんをもっと走らせりゃいい
のに。

今回みたいなわかりやすい芝居は、わし好かん。そりゃあ確かに客がついてこれな
いのは問題かもしれないが、それでも双数姉妹には過激にラジカルにつっぱしって
欲しい。インテリっぽい、とか、頭良さそう、などという罵声に耐え、必死でなん
だかわからないものに徹していただきたい。

昔みたいに、「関係」を丁寧に描くのが、私は好きです。

見終わって「どこへいくのやら。」



コサックТОКИОへ行く (95.07)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


 冷房とこどこ止めてましたから。テントだから保冷?効果ないし。ねこは、さほ
 ど暑くなし。気持ちよかった舞台のためかな。(ところで、"ТОКИО"は機種
 依存文字?。うちじゃ化けていないので、使っちゃいますけど。)

7/29(土)7:30-9:30PM 晴 大隈講堂裏・東京テント  双数姉妹(03ー5966ー3877)
 「コサックТОКИОへ行く」 作・演出:小池竹見 前売、当日2000円
 最前列中央から 満員(全階段席130?、追加列はなし。)

 駆け抜ける役者達。若いっていいよね。心地好い軽快さ、◎。

 早稲田劇研のもう一つのユニットらしい東京オレンジとのジョイント。東京オレ
 ンジは、未見ねこ。
 お話。前回「コサック」と同一人物、設定あり。コサック兵ボリス(阿部宗考)
 は指名をうけ、東京へ。なんのためか?。禁断の恋、妹との結び付き。王様が君
 臨する広島、東京。テロ集団の計画。物語は、東京の中心に終極していく・・。

 動く動く。疾走、ねたじゃないギャグ、静寂、ポップな曲、ダンス。頭上を飛ぶ
 役者。ザズウのテント公演で、渡辺育子が飛び遊んだの思い出す。第三舞台のテ
 ントはしらず。けど、ホール進出したころの輝き、ほーふつ。わくわくねこ。
 
 既存演劇REMIXが、全般に。「古い」と言いながら、つかスタイルでびしばしと
 か。胸にくる重さなし。けど、音楽のフレーズみたいに響いて、気持ちいいねこ。
 かつての難解って感じしない。世界に愛をまんまうたったりもして、はずかしい。
 で、どうしたいのかとも思う。なんで、小池竹見がこれを?。平和とか愛とか、
 表現できるのは、苦難は遠くの余裕の賜物。この劇、そんな日本とか芝居とかへ
 の揶揄もあるのかしら。

 役者。初見・堺雅人、テンション高、流れる汗にもきれい顔。へろへろのとこも
 観たし。明星真由美は、ついに女王様だ。やった。あやしく、かっこいい。だか
 ら、紅葉饅頭〜なんて言わせないでほしいよ。(7/28-8/6)



(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹 featuring 東京オレンジ「コサック TOKYOへ行く」
8月5日(土)7時半(2:04') 早稲田大大隈裏テント 2000円 7/28〜8/6(10ステ)
作・演出/小池竹見 03-5966-3877 客180(超満員)

今年の5月にシアタートップスでやった「コサック」の続編。「コサック」が小池によ
る「戦争と私」の設問編であったのに対し、今回は回答編。ボスニア・ヘルツェゴビナ
の殺し合いに対し、平和なニッポンの青少年であるものにとっては、語れる言葉は多く
ない。前作では、そことこことを対比して見せ、どんな事件や災害が起きようと、「生
きていく私」と明るく軽く小沢健二するしかないのだ、との設問。今回は、かの地から
ニッポンを見るのではなく、ニッポンからかの地(コサック兵)を見ることで、一歩踏
み込んでいる。

 ●世界一頭の使わないダンスを擁するコサック。脳味噌を筋肉にして文化を語る
  劇団タイガーショット(広島在住)。幼児化を当然のごとく受け入れ、東京の
  王ちゃまとして君臨する劇団古い演技(東京在住)。はたして最も頭の悪いの
  は誰なのか。世界を支配し、平和を築く、一番頭の悪いグランプリは誰の手に。

少なくとも、考えこむことではない、ということだ。議論することでもない。書斎で書
き込むことでもない。やつらが身体使って戦争してるのは、たまたま戦争があったから
にすぎない。同じ若いやつらなのであり、劇団タイガーショットも東京の王ちゃまも同
じだ。身体使って、そこに起きていることと対峙しているだけ。あいつらだって、この
東京では普通の若いやつになりえる。

タイガーショットこと広島オレンジも東京タワーに昇る。コサックたちも東京タワーに
昇る。東京在住が迎え撃つ。力いっぱい一番を目指す。それが「戦争と私」の答えだ。

双数姉妹がインテリっぽいなんて馬鹿なこと言ったやつは誰だ。あいつらだって、ダン
スが好きで、小沢が好きで、ナンパが好きなそこいらのガキじゃん。「馬鹿なやつ」が
尊敬されるってぇ健全な価値基準を持ってるやつらだ。ハクチカremixのころからダンス
とか、くだらないこととか、必死にやってたぞ。

双数姉妹のすごいとこって、ばらばらな個性が、ばらばらのまんまで板の上に乗ってい
ることだ。普通、他の役者に影響されるもんだ。佐久間が苅部に似たのぐらいだ。明星
と小林と今林と小野と井上と五味って、全く芸風が違う。だから東京オレンジのこれま
た異端が入っても違和感ないの。これってすごいことだ。それぞれがそれぞれの個性の
ままで伸びている。

五味が好きです。五味は双数の宝です。オハヨウノムスメと互角に戦えるのは双数姉妹
では五味だけです。大切に、その芸風を守って下さい。演劇しようなどと考えないで。

劇団には作家劇団と演出家劇団の二種類がある。私は演出家劇団の方を応援したい。

見終わって「とりあえず、こんな感じに解釈してみました。」



(下の文章の文責:にしかど)


〇〇〇〇〇 コサックTOKИOへ行く × 双数姉妹 〇〇〇〇〇

早稲田の大隈講堂界隈にはじめて行ったもので、なんとなくものめ
ずらしくてウロウロしてしまいました。講堂前の階段とか、建物の
裏の空き地とかで、役者達がひとりで発声練習やせりふの稽古をし
てたりで、なんとなくいい感じです。集まった客層も、おお、なん
かみすぼらしい学生ばっかだ……。(人のことは言えない)

お祭り的な公演、っていうのは確か小池竹見自身がいってたことで
すけど、テントに張り込めた熱気とあいまって、その言葉がぴった
りくるような印象の舞台でした。

いままで3回ほど観てきた双数姉妹の公演では、役者達が動きや発
声やその他あらゆる表現方法をかなり制限されているというか、持
ち技披露的な演技をして気持ち良くなることを禁じられているとい
うか、なんかこうある種の拘束が強く感じられたんですけど、今回
はそれがはずされて、パワーというかカオスというかバカっぽさと
いうか、そういうのがドバッとテントにあふれてました。

私がやっぱりどうしても注目したいのは、東京オレンジ主宰の横山
仁一(劇中では東京の王様)が、劇団員の面々(劇中では、タイガ
ーショットの面々)を次々に罵倒していく場面です。その罵倒とい
うのは、劇中人物を罵倒するふりをしながら暗に役者そのものを罵
倒するといったような回りくどいものではなく、もうほとんど芝居
そっちのけで直接ストレートに横山が劇団員を罵倒してるとしか解
釈しようがないようなやり方なのです。

これはもう、あて書きとか、役者のキャラクターに合わせた芝居作
りとか、そういうものを超越しちゃってます。横山と劇団員とのい
まこのときこの場での一対一の関係を抜きにすると、とたんに全く
何の意味もなくなるような、そんなせりふ。

堺雅人=サカイマサトの爆発も、おんなじことです。

これって完全に反則技です。実生活で愛し合ってるふたりが舞台の
上でひたすら延々とラブシーンを演じちゃう、ってのと同じレベル
の反則です。(余談ですが、それで私は、阿部宗孝と大倉マヤが実
生活でも恋人同志なのだろうという根拠のない確信を感じていまし
た。)ふつうやりません。にんげん、羞恥心ってものがあるはずで
すし、何よりも、やっちゃうと、あとがないですから……。

まあそんなこんなまどんなで、すんごく楽しい舞台でした。もっと
やれー、ってなもんです。次がとっても楽しみです。きっと、全然
違う傾向のものを持ってくるんでしょうね。

●いきなり天気予報。

(1,はな) 暑い暑い。晴れ。
(1,マル) 出番が少なくないか。
(1,はな) ではみなさま、ごきげんよう。(^_^)/

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【コサックTOKИOへ行く】 双数姉妹 featuring 東京オレンジ
 作・演出・舞台美術:小池竹見
 1995.7.28-8.6 早稲田大学大隈講堂裏東京テント
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サーカスと革命 (95.10)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


10/29(日)2:00-4:00PM 晴 新宿・THATER/TOPS 双数姉妹(03ー5966ー3877)
 「サーカスと革命」 作・演出:小池竹見 前売3000,当日3200
  2列めより 客席9割(130)

 お話。タイムマシンを発明した労働者達は、未来行きを夢見る。資金援助の訴え
 も馬耳東風、私事本意の官僚人。八方塞がりの中、未来からお迎え到着。労働者
 はジャンプ、残され官僚人はなんだかがっかり。そんな、やったね革命それも犠
 牲があってのことさ芝居を中心に、劇団員、官僚の現実世界が交差する舞台。

 台詞、ダンス、演技・・など、みな大量浪費に思えてくる。何が何やら??物量
 がすごい。特に前半。前回大隈裏テント公演のパワーを引き継いで、飛ばして行
 く。役者の演技、熱が入る、声も張りあって○。ぼーとするねこ。渾然とした魔
 術効果みたいの、狙いなのかしら。しょうがないので考えやめる。苛められ場面
 を笑い、心地好さそなダンス、出のカッコ良さを楽しむ。その場しのぎですか。

 後半。官僚の人間を労働者(クラウンか)が演じる皮肉とか、板挟みで死ぬしか
 ない演出家とか、分かり良さげだけど、??。苛められ役、大倉マヤの悲しげな
 様のが○、ねこ。明星さんは、変なふりとかしてるのが悲しい。会話噛み合う芝
 居をもっとやらせて欲しい。(10/25-31 9ステ)



(下の文章の文責:一寸小丸さん)


双数姉妹「サーカスと革命」10月28日(土)7時(1:58')
新宿/シアタートップス 前3000円 10/25〜31(9ステ)
脚色・演出/小池竹見 03-5966-3877 客150(満員)

とりあえず早稲田の劇研を出て最初の公演。と言っても、何も変わったことはやってい
ない。ただ、料金が高くなっただけだ。前売りで3000円取る劇団になった。良かった
よ、1000円の頃に見ておいて。

トップスの舞台の床の一部を網にして、下から照明を当てたり、下を歩く影を見せたり
している。が、それはさしたる効果は上げていない。舞台奥を二重にして、全体的に高
さの変化を作っていて、その効果は上がっていたと思う。毎回空間に凝る劇団である
が、今回は照明さんの仕事が目立つ。あれ、倉本さんだ。いつから倉本さんになったん
だ?。

当初チラシには「作・演出」として小池さんの名がクレジットされていた。当日のごあ
いさつで、ロシアのマヤコフスキィ(1893〜1930)作の「風呂」をほとんどそのままや
ることにしたので「脚色・作・演出」と変更している。で、その「風呂」ですが、
1930年に上演されたロシアの新しい演劇で、SFものだそうです。すごいですね。ロシ
アですよ。1930年ですよ。それなのに、SF演劇ですよ。このマヤコフスキィって人は
何を考えていたんでしょう。興味は尽きませんね。

1930年のロシアってどんな時代なんでしょ。よく知らないや。んでもま、労働者とか共
産党とかが頑張ってた時代なんでしょ。そーゆー時代の労働者諸君に、SF演劇を見せ
るって感覚はすごすぎます。時間をコントロールする機械を作ったやつらのお話しです
もの。で、100年後の未来から一人の人間を連れてくるってんですから。・・・農民
のみなさんは、何を思ったのでしょうか。

なんてことを面白がってしまい、社会背景を見ている私でした。芝居の中でも当時の役
人ってのが登場し、ムチャクチャな不満や指導を施していく。マヤコフスキィを面白が
っている私なのだった。

芝居は、役者のみんなに見せ場を割り振っていて、メリハリに乏しい感じだった。今林
・明星・小野・小林・大倉・田中・五味・井上に加え、佐藤にも時間を割いている。
で、伊藤由維子という人を初めて認識した。ブスを売っていた。双数っぽくないキャラ
だ。新人だと思う子は、まだ芝居できてないが、めちゃめちゃ可愛い。うーむ。

この日の井上は全然だめで、どっか悪いんでないかって感じがした。あと、五味の使い
方が苦しかったな。五味まで他の役者と同じ普通の役を割り振られていたので、普通が
できない五味は苦しかったのだ。

あっ、そうか。時代が時代だけに、みんな平等に役を割り振るってのか。主役とかの階
級はいかんのか。なるほどー・・・そうゆうのだっけか?。

見終わって「コミュニケーション芝居をリクエストします。」



ハクチカ'96 (96.9)

結局のところ、私は双数姉妹が好きなようです。観るたびに「つま
んねー」とか「わけわかんねー」とか思いつつ、公演が近づけばき
ちんと足を運んできたし、今後もそうしつづけるでしょう。個々の
公演を取れば、決して完成度が高いとはいえないのですが、いつも
次を期待させる何かがあります。そのような劇団はいま、本当にす
くないのですから。

なんて書くとつまんなかったみたいですが、面白かったのですよ。
ある意味では傑作といってもいいかもしれません。
双数ってみたことないけど、どんなんかな?と思ってる方にもわり
かしおすすめできる気がします。

上演時間は2時間ちょうどですが、席が狭くてちゃちいので、3時
間分くらいの体力が必要です。



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にしかど(nskd@enpe.net)