山の手事情社


概要

構成員
主な作家
主な演出家
安田雅弘
主な役者
安田雅弘
主なスタッフ
奥林啓史(制作)
福島治(宣伝美術)
劇団の公式ホームページ
http://www.yamanote-j.org/

過去の公演

劇団リストのページへ

スポーツ (90.7)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社「スポーツ」7月24日7時〜8時45分 下北沢本多劇場
構成・演出/安田雅弘 前・2800円 当・3000円 25日まで

あたしゃ役者安田雅弘が好きだ。第三舞台で、岩谷さんが亡くなった直後の
スズナリの公演以来好きだ(確か出てましたよね。「ああ、いい新人が入っ
たなあ」と思ったら、その後、大隈裏で山の手を見てその新人がいるんで驚
いた。おまけに主宰者なんだもん)。だから池田成志がいなくても見る。で、
今回の芝居はと言うと・・。芝居と舞台を構成するすべての要素をバラバラ
に分解し、「役者って?セリフって?照明って?美術バトンって?緞帳って?
お客って?・・・」という疑問を持ったところがエライ。普通、緞帳を20
回も降ろせないぜ。やっぱイカ天のおかげで、心ある演劇人は新しいことを
探すよね。あと2年もすれば、とんでもないものを見せてくれそう。

見終わって「ずーと考えてたのは、2100年ごろにどっかの惑星で行なわ
れる、フォログラフィックサイバーシアターのことでした」



鉄腕28号 (91.2)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社「鉄腕28号」2月18日7時半(1:20')
新宿御苑前/シアターサンモール 前2500円、当2800円 2/16〜21(6ステ)
構成・演出/安田雅弘 03-3202-6210 客300(満)男女=2:8

全然違うけど、私の勝手な解釈。
西暦2020年、エンタテイメント・ニュースショー。実際に起こった事件を、その
まま報道しても、テレビなんか誰も見ないので、ドラマチックに、捜査の模様も含め
てエンタテイメント化して、放送。それも、より未来的な混沌と、フラクタルの渦の
中に封じ込めて。21世紀の快楽と、暴力と喧騒とミソラーメンだ。

きっと安田さんは、別役が好きなんだろなあ(という発想は演劇ぶっく90/12からの
安易な連想かもしれない)。ベケットとか別役とかの不条理芝居を、その暗さを裏返
して、未来的な軽さと騒々しさで解釈すると、こーなるんだろう。「この大馬鹿もん」
ってツッコミたかったくらい、良くなってるよ。あとは役者だ。新人募集だ。

見終わって「スーパーリニアライナー西武仙台線大宮農園駅のプラットホームの端の、
車掌用乗降確認モニターに映る通常ニュースで、寒風吹きすさぶ中その
番組を見ている60ウン歳の私が、ほんの一瞬垣間見えた。」



CHARGE! (91.9)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社「CHARGE!」9月6日7時半(1:36')
下北沢/本多劇場 前2700円 当3200円 9/5〜13(9ステ)
構成・演出/安田雅弘 03-5276-5484 客320(8割)

早大劇研出身で、第三舞台やザズーと同期。旗揚げは84年。去年後半、約半年間
新人募集・オーディションのチラシが様々な公演に入っていたことを思い出す。

山の手事情社による、本多劇場での、演劇解体シリーズ(私が勝手に名付けた)。
豊かな新人を得ての、「壊し続ける」ことの決意表明公演。お客が少ない。

ストーリーの体裁を取っていない。演劇による戦いに向かう船に乗った戦士(即
ち役者達)の、戦場までの長い道のり。訓練と言う名の芝居の稽古が続く。演劇
を解体するのに、ダンスや歌を使わず、あくまで演劇理論で壊す。ちっぽけな肉
体で、演劇という名の大海に臨む毅然たる姿に、私は感動した。安田さんエライ。

まだ清水宏、柳岡香里、滝浦福子らに一日の長がある。しかし、すげぇ素材が集
まった。その差は、「信念」の違いぐらい。期待できる。まるで稽古のような舞
台であるが、私は楽しんだ。最後、袖幕もホリ幕も飛ばして、地あかりの中、エ
ンエン続けられる、イメージ力と反射神経による演劇での「乱取り」のすごさ。
それこそ、彼らの決意表明である。私は感動したんだから。

見終わって「再度言わして。近未来のメディアとしてのドラマなき舞台芸術を、
彼らこそが産み出すに違いない、と。どこに向かうのか、期待!。」



MARCH (92.3)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社「MARCH」3月9日7時半(1:35')
表参道/青山円形劇場 前2800円 当3300円 3/6〜11(8ステ)
構成・演出/安田雅弘 03-5276-5484 客357人(満員)

早大劇研のアンサンブルとして第三舞台から安田らが84年結成。池田成志らが
いた。以前は第三舞台に近いオシャレな芝居を指向していたが、3年程前から
本多劇場での「演劇解体シリーズ」と言うべき実験を開始。すべての演劇的約
束事を粉々にした。小丸は90年の「スポーツ」から見るのを再開したが、その
時のショックは忘れない。そして5年はかかると思ってたレベルに今日・・・。

1年半でここまで来てしまった。「スポーツ」で劇場のハードウェア機構を破
壊。「チャージ」で演劇のソフトウェア的「セリフ」「対応」「意味」を撃墜。
この「マーチ」では、「無意味」であることの意味性と、「面白いものである」
ことの前提と、「やる」ことの約束と、「一人称であること」の実体を拒絶。
「演劇を見ている」ことは誰のためなのか。誰が見ているのか。そもそもそこ
で何かが行なわれたと言うのか。少なくとも私は見ていないものを見た。既に
演者と観客との安らかな関係は消滅している。そこにあったのは経過する時間
のみだ。意識の総体が流動し励起し、そしてついにご飯が炊けたんだ。

んなことが可能なのは、テンションによる乱取り稽古の完遂による。「チャー
ジ」で見せた乱取り稽古の面白さは、もし10年後、すべての高校で安田メソ
ッドとして行なわれていたとしても不思議ではない。たら、きっと演劇も面白
くなるだろうに。意味はいらない。テンションだけで生身は感じれるもんだ。

滝浦がいい。ピックウィック以来、飛躍してる。清水、柳岡のそのツッコミは
山の手では違和。意味ついてる。いらなーい。

見終わって「いいよなあキチガ○は。私もすぐ参加できるのに、なしてこっち
側なんだか。不幸だ。でも・・・さあさお仕事しなくっちゃ。今週
は多変量解析を駆使した数学屋の私。ふにゃふ〜にゃ〜。」



私の考える演劇 (93.11)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


11/7(日)2:00-3:40PM くもり 渋谷・シードホール 山の手事情社
 「私の考える演劇」 構成・演出:安田雅弘    ほぼ満員

 苦痛ねこ。おおむね面白くはあるんだけど。素直には楽しめないよ。

 お話し。心地好い島を創ろうとする男と妻、島民のあれこれ。
 のようですが、わかりません。客にとって、どうでも良いものになってる。
 気持ち良く、リズムのあるあかりと音楽。どっかで見たようなダンス、
 場面。どっちも、なぜかしら意味深に。だからなんなのか。
 もっとも。これでわかりやすくなったら、山の手の芝居じゃないけど。
  
 あっさり理解放棄ねこ。いつものように、好きなもの探し。
 おなじみ。わかんないやつに、野次のエチュード。あっさりで、もひとつ。
 キーワードを、脈略ないものに変える。地球を野球になど。これだけで、
 客の脳はぐるぐるに。アイディアはさすがだ。
 安田は、いつものように声が好き。清水も変なテンションがいい。柳岡は、
 今回はずしてる。これ残念。
 エチュードを組み立てる芝居。後半は、別な仕上がりとなってるかも。



home (92.12)

(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社「home」12月21日7時半(1:45')
新宿/スペースゼロ 前2800円 当3300円 12/19〜23(7ステ)
構成・演出/安田雅弘 03-5276-5484 客500(満員=補助席まで)

84/4に早大劇研のアンサンブルとして第三舞台にいた安田が池田成志・柳岡香里ら
と結成。ポップでオシャレな第三舞台的芝居を年2〜3作行なっていたが、89年に
「ゆるやかなトンビリラロの身だしなみ」で大きく方向を転換、演劇解体の前衛的
実験劇を行なっている。小丸は90年に「スポーツ」で劇場ハードウェアの解体を、
91年「チャージ」で演劇ソフトウェアの解体を見ることができたことを幸福に思う。

今回、いままでのフリーエチュード的実験作劇を休み、安田のホンによるドラマを
行なう予定であったが、結局稽古の過程で台本をやめてしまった。設定としての一
部のモチーフは残るものの、基本的には従来通りのフリーエチュードによるものと
なった。

(小丸の解釈によると)安田がやっているのはこうです。芝居には「演劇論」とい
うのがあります。例えば「セリフは意味を伝える」みたいなもんです。もっと単純
に言うなら「ルール」があるわけです。その一つ一つの「ルール」に疑問を与える
ところから劇作を始めます。「演劇論をモチーフに作劇する」ということがここか
ら始まります。「たとえば役者がポツンといて、わけのわからないことを言って成
り立つ空間というのは映画では基本的に存在しえない。そういう、生身の人間が演
じる芝居でしかできないことを徹底的に哲学し、実践する」ことを具体化する上で
フリーエチュードが選択されたわけです。Aが「アナコンダが来たぞ」と言うと、
Bが「列島改造卵焼きだ」と瞬時に答え、Cは「ずっぺんぼらんちょ」と続けるこ
とを会話として成立させるのは高いテンションと肉体のリアリティだけですものね。

●朝→午前→昼→午後→夕方→夜へと至る微細なるシーンの連なり。都市シドニー
と、化石ルーシーの、想い出対談。超未来におけるシステムとしての家族(国家
同等)の昔語り。管理システムと社会端末人間の情報流通の確認による維持およ
び活性。都市=国家=人体の形成過程の検証を学術的な踏襲で反復することで、
ママレモン人間としての環境保全システムの新たな位相。シェイクスピアの匂い
のする職安に代表される行間伝達システムの強制と、その順応不全種の隔離と懲
罰。超未来において存在している人体システムは、管理下においても親父とのコ
ミニュケーションは可能か。男女というシステムは機能するのか。そもそもシス
テムは誰のせいなのか。私のせいじゃないとして、誰のせいなのか。

断片的エチュードを擬人化した都市(シドニー)さんと化石(ルーシー)さんのトー
クに乗せて語られます。小丸にはシステムのメタファーに感じられました。

細かいエチュードは、面白いものもあり、そうでないものもあります。ただ、これら
を細かいギャグのネタとして評価するのは変な感じがします。全体を覆っているオブ
ラートとしてのイメージが重要であると思います。そのイメージがどれだけ伝えられ
たか。正直言って、明確には伝わってきませんでした。やぱし、それが伝わらないと
欲求不満だあね。完成度としては、イマイチでしょう。

だけど、このエチュードのすごさは毎回感心させられます。3年前から始まった安田
メソッドの内包するパワーには圧倒されます。毎度言いますが、この安田メソッドを
芝居を目指す若い劇団や高校演劇の人たちが実践するなら、絶対面白くなると思いま
す。その意味で山の手は、まだまだフリーエチュードによる反射神経演劇の全国普及
活動を続けて欲しいと思います。

んでもって、早大劇研の現役のアンサンブルである双数姉妹を初めて見たとき、小丸
は山の手の影響を強く感じました。つまり安田メソッドで稽古しているな、と。そし
て、芝居全体を通してお客に伝えるものを山の手よりもうまくイメージ化していると
感じました。双数姉妹は「コミュニケーションの未来」を描いてます。残念ながら、
小池(双数姉妹主宰)さんにはメディアの未来に対する概念が欠落しているように思
えますが、それでもイメージの伝達には成功している点が評価できるものです。メデ
ィアやシステムに対する認識は安田さんの方が面白いと思うのですが。

見終わって「安田さんと山の手がやっていることは試行錯誤です。それを公演として
成立させ、客席を埋めることの困難は計り知れません。前衛って、その
前衛性のみが面白く、内容はつまらない場合が多いのですから。山の手
を見て面白がるお客って、すごい感性だと思う。ウゴウゴルーガを楽し
むセンスに匹敵するよね。」



コーラっぽいの (94.11)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


11/23(水祝)6:30-8:30pm 晴 新宿・スペースゼロ  山の手事情社
 「コーラっぽいの」 構成・演出:安田雅弘       ほぼ満席

 統制された散在イメージ。が、気持ち良かったり、退屈だったり。

 舞台。恐竜、ゴムボート、急須と茶碗、イルカのノンスケールモデル、床屋くる
 くるなど。これあなどれないオブジェ。客入れ演歌は、あざとい感じ。あの台本
 芝居のあれこれが演歌か、とも思うけど。
 
 お話し。あってない。植民地プランナー支部の台本ドラマが、一貫。その回りで
 ダンス、エチュード、気持ちいい音楽、明かりがお構いなし。のコラージュ。
 なんだかよくわからない、わかる様々。がきちん、構成されてる印象。前からそ
 うだけど、その感強し。役者もただのオブジェすね。
 清水、柳岡の二人は、ハーフタイムというか、完璧さの中の憩い。だったなあと
 改めて思うねこ。きれい、きちんだったけど、楽しみ△な今回。

 役者いっぱい。それでも印象に残る人、女優が少なくてさびしい。宇田川役の井
 上奈保未さんがいきいきした表情で、○。



(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社「コーラっぽいの」11月26日7時半(1:41')
新宿/スペース・ゼロ 前3200円 当3700円 11/23〜27(7ステ)
構成・演出/安田雅弘 03-3393-7171 客400(9割)

「コーラっぽいの」=ハイパーコラージュ演劇=複数事象の並立的進行

既・山の手事情社=ほぼ無関係複数事象の順列的進行+清水宏+柳岡香里

今回、清水・柳岡両巨頭が抜けたので、演出が前面に出てきました。苦肉の策で
す。人格の存在感が主要な要素であった山の手芝居なのに、牽引役の不在は、い
ままでの演劇手法の変更を余儀なくさせます。変わりました。

☆●☆☆●

−>成功したか−−−>失敗です>あれは「ハイパー」じゃない>主線に対する
ノイズでしかなく、ハイパーな相互
行って来い関係が生じていなかったし、コラージュ
と呼べるだけの相互影響作用が結ばれていなかった、と思う、のです。



重要なのは、どれだけノンリニアになれるかだと思うっす。

コラージュ性はナイロンが既築してるしイメージインプット力
は双数姉妹が上だし暴力的ハイパーさは青年団の方がうまい。

隣のカップルお客さんは、あまし舞台とか見たことない二人だったみたい。着席し、
舞台装置を見、パンフを見、そして言った。「なんか、すごいもの、ありそうね。」


一つ一つが意味を持ち過ぎるの、
それそれが重すぎる長すぎるの、
存在の確かさが伝わっちゃうの、
しゅ
音楽だとさ、音譜に意味ないから。

>もちろん、歌詞もメロディも意味ない。

ゆえに:ハイパーコラージュはうまくいってなかったけど、いろんなもんがいっぱいあ
って、けっこう楽しめた。同時複数発生がノンリニアにあって、それで世界が
構築できれば、それでオッケーなはず。行き方としては正しいと思う。音楽。



夏夢ちゃん (95.07)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


7/15(土)7:30-9:15PM 晴 新宿・スペースゼロ 山の手事情社
 「夏夢(なつゆめ)ちゃん〜グランド・バージョン」構成・演出:安田雅弘 
 前売3200、当日3700円 4列目上手より ほぼ満員?

 アートぽい。かっこいい。この路線、好きなハイパーコラージュの2。
 
 あれこれ、オブジェあった前回。今回はすっきり。足場組んだ通路が下手奥から
 上手。下手に座りながらダンス用の椅子。あと、別荘の劇用のクッションなど。
 「夏の夜の夢」と、TVドラマ風「山荘」が交互、同時に進行。その間、いろん
 な個人、小グループのエチュードが、そこかしこで。ずっと流れてるリズムが、
 とても気持ちいい。突発したり、フェイドインアウトの音楽は、歌謡曲多い。
 ファンク・吉田美奈子もあったか。
 
 全体の感じは前回同様。芝居というより、絵画を見る感じ。「夏夢」は既知だか
 ら、本編はあんま目を向けなかった、今回。個人とか、歩行する人とか、ぼーと
 して見たり。本編と個人の絡まりとか、SMAPの曲の乱入楽しんだり。ダンス
 は、確かに日常しぐさまんま。なのに、とても音楽に合って見せるものになって
 てて、○。動きは、前回のがダイナミックな印象で好き。今回はねたの多さが魅
 力かな。次回は、どんな風に進化するでしょうか。わくわく。



(下の文章の文責:にしかど)


〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 夏夢ちゃん × 山の手事情社 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇

山の手事情社の新手法、ハイパーコラージュの第2弾。春の利賀フェスで上演
されたものを、大幅に改訂しての再演。

●ハイパーコラージュと立体視

(1,はな) これが噂のハイパーコラージュね。(^_^)
(1,マル) 意外と、すんなりみれちゃったな。
(1,はな) うん。ふたつのメインストーリーが、きっちりしてたから。
(1,マル) 「夏の夜の夢」の方はいいとして、もう片っぽは、オリジナル?
(1,はな) でしょ。「夏の夜の夢」にあふれる若者のエネルギーが、現代では
どういうふうになるだろう、ってことじゃない?
(1,マル) エネルギー、なかったよね。
(1,はな) ないわけじゃないんだろうけど。(^_^;
浮気だの三角関係だのいろいろあって、かなり複雑な感情のもつれ
があるはずなのに、表面は淡々としちゃうっていう。
(1,マル) シェイクスピアの方は、単純なのに燃えまくってるもんな。
(1,はな) その、ずれの部分で、ふくらみが出てきてた気がする。
ほら、立体視みたいに。
(1,マル) でもさ、立体視のためには、左右の眼に、微妙にずれた画像を提示
するわけじゃん。芝居でいえば、青年団みたいな。
山の手のハイパーコラージュは、かなり手触りの異質なものを持っ
てきてるから、逆に立体視がむずかしい気がするな。
(1,はな) ああ、うん、そういう意味での立体視とはちょっと違う。
そういう、意識を集中して得られるきれいな立体画像じゃなくて、
意識が分裂していくことで得られる、隈雑な立体画像って感じ。
(1,マル) うーん、言いたいことはわかるんだけどさ。
たくらみとしてはね。

●ハイパーコラージュは音声中心主義へのアンチテーゼか?

(1,マル) たくらみといえばさ、俺が連想したのは、いわゆる音声中心主義へ
の批判ってやつ。あるでしょ、哲学で。
(1,はな) デリダとかの?
(1,マル) そうそう。ハイパーコラージュの前に立ち塞がる敵は、音声あるい
は音声的なるものだろうな、って。
(1,はな) うーん、それとこれとは違う気がするなあ。でも、音声って時間軸
に縛られちゃうっていうのはあるわね。
(1,マル) 視覚的な部分のコラージュが、音声的なものに邪魔されちゃう。
(1,はな) その文脈だと、ストーリーってのも音声的なものよね。
(1,マル) うん、リニアなストーリーはね。
(1,はな) じゃさ、ストーリーをとっぱらっちゃったほうがいいのかしら。
(1,マル) そうすると、芝居というより舞踊になるけど。
(1,はな) 背面の芝居は、そういう舞踊的なものが多かったしね。
でもきっと、安田さんは、前面のストーリーを生かしたままでコラ
ージュをやりたいのよね。
(1,マル) だと思うよ。俺は、無理があるんじゃないかと思うけど。
(1,はな) リニアじゃないストーリーってのはどうかしら。
(1,マル) どんな?
(1,はな) 台本自体が、コラージュなの。いろんな台本の切り貼り、寄せ集め。
(1,マル) 台本の段階では面白くても、音声を使って上演する時点で、リニア
のできそこないみたいになっちゃうんじゃない?
そんなのが面白いのかなあ。

●ハイパーコラージュは面白いか?

(1,はな) 面白いかどうかってのは大事よね。いくら前衛とはいえ。
(1,マル) うん。今回のは、そこそこ面白かった。
ストーリー部分がしっかりしてて、それをその他あれこれが盛り立
ててたって感じで。でも、コラージュ自体が面白かったのかって言
われると、心許ないな。
(1,はな) まあ、なんとなく不思議で面白くはあったんだけど。
そのあたりは、今後に期待かしら。

●では、恒例の天気予報。

(1,はな) 曇りに晴れに雨に雪、まとめてコラージュのハイパーなお天気でし
ょう。(^_^)
(1,マル) なに言ってるんだか。俺は、曇り。
(1,はな) ではみなさま、ごきげんよう。(^_^)/

●余談

(1,はな) ところでマルくん、安田さんと飲み屋でご一緒したんだって? (^_^)
(1,マル) うん。制作の奥林さんに誘っていただいて。
(1,はな) いいなあ。話、きけた?
(1,マル) うん。いろいろ。衣装はなんであんな変なのなんですか、とか。
(1,はな) まあ、失礼な。(^_^; で?
(1,マル) どの時代にも、どのシーンにも所属しないようなものを作りたかっ
たんだって。
(1,はな) なるほど。
(1,マル) 印象に残ったのは、観客の教育をしたいという話。
(1,はな) え? (^_^;
(1,マル) 舞台を見るためには、やっぱり、演技論とかそういうものを、客の
側も基礎知識として持っているべきだ、と安田さんは思ってらっし
ゃるみたいだよ。
(1,はな) へえ。わたし、ぜんぜん知らないや。(^_^;
でも、機会があれば、いろいろ教わってみたいな。
(1,マル) そうだね。今回の、終演後の質問コーナーも、その一環らしいよ。
(1,はな) なるほど、そういうわけだったのね。

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【夏夢ちゃん (私の考える演劇シリーズ3)】 山の手事情社
 構成・演出/安田雅弘
 1995.7.13-16 新宿スペース・ゼロ
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(下の文章の文責:一寸小丸さん)


山の手事情社 私の考える演劇シリーズ3「夏夢ちゃん」7月16日(日)2時(1:36')
新宿/スペース・ゼロ 前3200円 当3700円 7/13〜16(6ステ)
構成・演出/安田雅弘 03-3393-7171(アップタウン) 客320(8割)

山の手事情社が独自に展開する劇作手法「ハイパーコラージュ」による公演の2回
目。と言っても、4月に富山県の利賀山房で2ステを行なっており、それを踏まえ
て大きく改訂しての公演である(7月5日にも大田区民プラザで1ステ)。むしろ、
別作品と言ってもいいぐらいの大幅改訂であるそうです。

てなわけで、安田雅弘による演劇解体−−>脱演劇への実験作業。90年代前半に
おいて、「エンゲキ」てなものをバラバラにぶっこわしてしまったあとの、再構築
への途中経過が披露されます。まだまだ途中の実験ものを、ゼニ取られて見せられ
ることへの不満を持つ客だっていることでしょう。がしかし、ここから何が生まれ
てくるのか(何が生まれてこないのか)、見届けずにはおれません。

前回の「コーラっぽいの」で、「ハイパーコラージュ」の試みの方向を評価し、大
きな期待を持った小丸ですが、その公演自体は失敗であると断じたわけです。あん
なものは「ハイパー」などというものではなく、「コラージュ」にも至っていない
との感想でした。そして今回、確かに安田さんは一歩進めてきました。自らの理論
を形として示して来ました。確かに変化したことを感じさせます。がしかし、それ
が「前へ」の一歩なのか「上へ」の一歩なのかは大きな疑問です。遠回りをしだし
たような感じがしないでもない・・・どうでしょう?。

芝居は、シェイクスピアの「真夏の夜の夢」と、安田さんオリジナルによる「山荘」
という大勢の若者が一部屋を舞台に繰り広げられるものとが、中心になって進行し
ます。それぞれの物語が、個人個人による異質のモノローグや、集団による歩行な
どのパフォーマンス、あるいはダンスにより寸断されます。「真夏の夜の夢」と
「山荘」がギリギリに擦れ違うこともあります。同じ舞台上で同時に複数のパーツ
が展開されることもあります。あれは・・・コラージュなんですかねえ。ちっとも
ハイパーな感じはしませんでしたけど。せめて「3Dコラージュ」ってとこだ。

よく少年王者館のチラシが、天野さんによりコラージュされて作られてます。さま
ざまな写真や絵画などの美術素材が切り貼りされて、一つの宇宙を作ってます。見
るたびに感動させられます。優れた作品だと思ってます。山の手の描く舞台は、確
かにさまざまなパーツが、チラシなどの2次元平面を出て、3次元空間で切り貼り
されてますが、それぞれのパーツがとてもゲージツ素材と呼べるに至っていないが
ため、意味の重なりが生まれて来ていないように思えます。バラバラなものをバラ
バラに置かれているとしか印象づけられませんでした。

「ハイパーコラージュ」ってのを簡単に説明すると(独断解釈)、「エンゲキ要素
の多重復層並列相対反発異化効果による世界構築」または、「エモーショナルなイ
メージテーマを前面に置いたパーツの相互作用によって、ノンリニアな観念を持つ
人間をヴァーチャルワールドに現出させようという試み」とでも申しましょうか。
つまりひとことで言うなら、「で・た・ら・め」。

今回、終演後に舞台前に安田さんが一人立ち、お客さんとの質疑応答があった。客
入れの間中に照明や音響が動いていたことの意図、利賀でのものとの違いの理由、
シェイクスピアを取り入れたことの意図、ハイパーコラージュの意図、などが質問
され、回答された。

その回答を踏まえて、私がこの作品を見て感じたことを言いたい。

まず、今回の作品は「若者」を描こうということで、すぐにつっ走ってしまうシェ
イクスピアの若者と、事件に対してクールである現代の若者の物語を中心に置いた
ということだが、そんなの全く感じなかった。シェイクスピアのテキストがだらだ
らと続いているかと思うと、現代語のいまどきの野郎達が、ぼそぼそ喋り続けてい
るのがあるというだけで、そいつらの情感など全く届いてこなかった。これはすな
わち、コラージュすべきパーツ自体の完成度の低さによるものであり、それぞれの
パーツがきちんと世界を作ってないと、コラージュにはなりえないという根本的な
問題が解決されていない。たぶん、中心に置くものを決めてしまうというのが間違
いであり、もしやるのなら、「つっ走る若者」ではシェイクスピア以外に「青春も
の」「運動部」「暴走族」「宗教野郎」などの熱いものを並べ、「いまどきのガキ」
なら「教室もの」「ビジネスもの」「水商売」「セックス」などのクールなものを
配すべきではないのか。多様に並べた方が、「意味」だけが浮き上がるだろう。

それと、3Dコラージュとの感覚を持ったのは、時間軸がリニアに展開したからだ。
ハイパーを言うなら、やぱしノンリニアな感覚が必要だと思う。というか、時間軸
を全く意識しない必要があるはずだ。パーツの再配置においては、バンドの譜面の
ような進行表が考えられるが、重要なのはパーツ同士の引力(相関関係)ですから、
前後のパーツにどんだけ影響を与えるかが重要ですので、時間軸が生じるようなも
のは相応しくないのではないのか。いまのままだと、ただの異化効果になっちまい
はしないか。

安田さんは確か、エンゲキ以外の、例えば音楽などでの表現を意識してハイパーコ
ラージュを始めたと記憶している。そうすると、もっと音楽の「楽器」や「フレー
ズ」の出現のしかたを参考にしてもいいのではないのか。4分で終わるものと2時
間続くものではかなり違うが、しかし同じ文法があるのも確かであろう。

前回以上に今回はシンがはっきり見え、整理されたかの印象がある。がしかし、そ
の方向は間違いではなかろうか。もっと「でたらめ」の重なり具合で、「今」が描
けるはずだ。パーツは見え安くなったのは確かだ。しかし、それが見えてしまった
がために、その後ろにあるはずの「世界」が透けてこなかった。いまんとこ、そこ
に表出しているもの自体を楽しめている。楽しめているうちに、その後ろにある世
界、すなわち「私達の中にある世界」に気づかせて欲しい。音楽がやってることだ
もの。

見終わって「かっこいい、を見せて欲しいんだ。かっこいいか?。」



トンビリラロ (95.11)

(下の文章の文責:まねきねこさん)


11/11(土)3:00-4:30PM 晴 渋谷・青山円形劇場 山の手事情社(03-3393-7171)
 「トンビリラロ」  構成・演出:安田雅弘 前売3500,当日3800
 中央(H)2列目から 客席満員(270)

 でたらめでいて、ポイントついてるような、笑える・演劇の復元作業 楽しねこ

 '89「ゆるやかなトンビリラロの身だしなみ」(本多劇場3/23-29 8ステ)改訂版
 大まかな構成は同じみたい。蛍光文字入りマスクをお客につけさせるの、今回も
 あり。本多とちがって、お客どおし対面できる円形。恥ずかしくて、○。でも、
 効果は思ったより△。人数少ないのと周囲明るいせいかな。エントランス付近演
 出(ビデオ、照明とか)なし。寂しい。舞台はその分、一見ゴージャス。円形舞
 台を高く、天井から緋色カーテン。グランドオペラもどき。エコー掛かったトリ
 ッキーアナウンス、あれこれ。お客に主張してもらうねた依頼、地下6Fのレス
 トランのこと・・。25万年後の劇場雰囲気作り。とまどいきょろきょろ、お客
 ねらい通り?。キャスト。山本、安田さん以外一新。ちなみ、6年前は柳岡香里
 清水宏の他、池田成志、小池竹見もクレジット。

 お話。25万年後の未来。化石となった台詞からの「演劇」復元作業。または、
 観客、俳優見習い?の女性が、舞台に立つまでのデタラメあれこれ。

 ばかばかしくて、○。稽古エチュードの連なり印象。唐突、脈略無く、中途半端
 なんだかわからない。けど、ともかく間違っているぞな、おかしさ。素直に笑え
 て、嬉しいねこ。言葉と、何より役者の演技によっているがポイント。最近のハ
 イパーコラージュみたい、音楽、照明、道具は前面にでない。なにより、役者個
 々人の変な仕草、台詞回しで見せる。客席側には、それをやじる「観客」がいる
 このライブ感は演劇ならではで、○。「弁論大会」・「私は館ひろしです」と女
 の子が主張、なんだか??応援者が出てくるとか、そう(ちなみ、'89は成志が
 「牛」で主張)。

 デタラメさのなか、詩的ぽく言葉が繋がる瞬間、○。机をさわると(だったか)
 ELLA FITZGERALDの歌が聞こえる->ストリングス地で音楽が流れる、とかきれい
 で好き。最後の「報告」も、なんだか感動したねこ。

 役者。ポイントですが、もひとつ。体で見せる子がいない。そつないのが、逆に
 もどかしい。がんばと言いたいが、どうしたものやら。
 次回は、来年4,5月。これ見ちゃった後のハイパーコラージュは、どうかしら。
 期待と不安ねこ。(11/10-14 7ステ)


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にしかど(nskd@enpe.net)